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追分石
(宮城県加美町/2020年8月撮影)
Guide Stone "Oiwake-Ishi"
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追分石のあるY字路
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追分石、鳥居、案内柱
【 宮城県加美町 / 2020年8月 】
8月中旬、加美町(かみまち)を車で探検してきました!
加美町には何度も行ったことがあるけど、まだよく知らない辺りもあります。
今回は、その辺りがどうなっているのかを見に行きました!
加美町があるのは宮城県の北西部。
簡単にいうと県内の山側で、県内では有名な「薬莱山(やくらいさん)」があるところです。
山形県との県境にある「船形山(ふながたやま)」も、山頂北側は加美町に属しているようです。
僕は加美町の歴史に詳しくありませんが、ネットで知った情報だと、2003年に中新田町(なかにいだまち)、小野田町(おのだまち)、宮崎町(みやざきちょう)の3町が合併し、ひとつになってできたのが加美町だそうです。
今回僕が探検してきたのは、たまたまなんですが合併前は宮崎町だった場所で、現在は宮崎地区と呼ばれている区域内でした。
宮崎地区には全く行ったことがないわけじゃなく、この地区にある切込(きりこめ)という場所には行ったことがあります。
2017年2月に、「切込の裸カセドリ(きりこめはだかのかせどり)」という奇祭と呼ばれる小正月行事を見物しました。
(奇祭!「切込の裸カセドリ」 - 宮城県・加美町)
そのときにこういった地域があることを知ったから、一度車でじっくり見て回りたいと思ったんです。
さて、探検当日は快晴!
むしろ快晴過ぎるくらいで、ちゃんと計っていないけど、最高気温は30度以上!
痛いくらいの日差しに照らしつづけられたし、山の方だかアブだらけで、一日中けっこう大変でした(笑)。
まず、県道262号を車で走り麓側から宮崎地区に入ると、Y字路に差しかかりました。
右へ行くとそのまま県道、左へ行くと脇道といったY字路なんですが、その二つの道のど真ん中に、赤い鳥居が立っていました。
何だろうかと車を降りて近づくと、鳥居のところにあったのは石。
そばに白い案内柱が立てられていて、「追分石(おいわけいし)」と書いてありました。
追分石(みちしるべ)
右・切りこめ・田しろ
さき左・さぶ沢道
左・赤さか道
南 なかにいだ
追分石は、通る人に、道路の案内をするため、道端に立てたものである。この追分石は、文化七年(1811年)に建てられた。
(案内柱より。現地で撮ってきた画像を見ながら後日文字に起こしたものです。 見えずらいか所もありました。 もし書き間違いがあったらすみません。)右・切りこめ・田しろ
さき左・さぶ沢道
左・赤さか道
南 なかにいだ
追分石は、通る人に、道路の案内をするため、道端に立てたものである。この追分石は、文化七年(1811年)に建てられた。
といった石だそうです。
案内柱にも書いてあるけど、追分石というのは、この道がどこへ行く道なのかという道標の役割をするもの。
よく全国的に、古くは大きな街道の分かれ道だった場所なんかに、こういった追分石や追分碑というものが残っていたり、大きな分岐がある場所では、地名が追分になっていたりするのを見かけます。
こういったふうに古い時代の一端を見たり知ったりするのって、楽しいですよね。
案内柱を立て、分かるようにしてあって嬉しいです。
この後は、追分石の右の道、県道262号を車で進みました。
[備考] 場所:宮城県加美郡加美町宮崎赤坂原 / 料金:なし(自由) / 駐車場:なし / トイレ:なし
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