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[支倉常長まつり・常長パレードのようす]


今晩は、宮城県川崎町の「支倉常長まつり」を見てきた時の事を書こうと思います。

6月3日('07)の事でした、「支倉常長(はせくらつねなが)」と名の付くこの祭りを一度見てみたいと、仙台市中心街から1時間足らずの川崎町へと出掛けてきました。

今回は好きな事をダラダラと書いて、沢山撮ってきた画像は次回載にでも載せてみようと思います





「支倉常長」とは、この川崎町を代表する歴史的人物。

仙台藩祖・伊達政宗の命を受け、独自に海外との交流を図るためヨーロッパへ旅立ち、政宗の大きな期待を背負っていました。

伊達政宗時代、仙台藩の歴史舞台には必ずその名の挙がります。

支倉常長が出航した場所が宮城県の北部、石巻市の「月浦」と言う場所で、この近くには、その時に乗り込んだ木造船「サンファンバウティスタ」が復元され、入り江に浮いています。

「サンファン館」(※有料)と言う場所で、実際その船に入ってみたり、支倉常長の航海の様子を詳しく学べる場所です。

以前に石巻へ行った時にこのブログでも書きました。





祭りのほうですが、当日は、あいにくのすっきりとしない曇り空。

ごく大まかな行事内容しか事前情報ではわからなかったのですが、「常長パレード」と「郷土芸能」と言うものに興味があり、雨天決行ともあったので、たとえ雨でも勿論ゆくつもりでした。

この祭りは川崎町らしい祭りと言うのでしょうか、“とある町内”の祭りへお邪魔したといった雰囲気でした。

規模はごく小さなものでしたが、「常長パレード」というのが、幅広い年代の参加者によるバラエティー豊かなもので、小さな子どものお遊戯の発表と、晴れ舞台を囲む親御さんたち、また、小中学生のブラスバンド演奏や、婦人方の盆踊りと、町内のほのぼのとした雰囲気を感じました。

そして僕の目的である、武者行列や伝統芸能。

武者行列はこのパレードの中でも特に目を引く存在でありました。

初めは羽織袴(はおりはかま)の行列。

宮城県内の祭りを幾つも見てきて、ようやく最近気が付いた事なのですが、この行列の「仙台藩志会」という方たちは、県内のお祭りでよく見かけます。

先日の仙台市中心(仙台駅近辺)で行われた「青葉まつり」でも見かけました。

そして少し間をおいて列を成していたのは甲冑(かっちゅう)行列で、掲げる旗には伊達政宗公を始め、仙台藩のそうそうたる武将の名がありました。

甲冑行列が歩く姿は、たとえ川崎町の小さな町内通りであっても、悠然たる気高さを感じました。




その後に行われた郷土芸能も、僕が初めて目にするものを見られた良い機会でありました。

祭りの場合の芸能とは、主にその地に伝わる踊りや太鼓の事ですが、ここでは獅子舞いなどを見られました。

この場で趣意を詳しく知る事ができなかったので、はっきりとはわからなかったのですが、獅子と人の力比べを模したであろう獅子舞いや、いわゆる田植え踊りであろう案山子(かかし)を背負った踊り、それから連なって叩く和太鼓がありました。

小さな規模の祭りでありながら、これほど色々堪能できるのも珍しいものです。

初めて訪れた「支倉常長まつり」は、町の雰囲気を楽しめるまつりでした。




少々残念だったのは、仙台からの訪問であった僕には、始終祭りの状況が全くつかめませんでした…。

到着してまず車のとめ場所がわからなく、降りてからも何処へゆけば良いのかわからず、会場を尋ねると役場や本陣へと言われるものの、僕にはそのものが何処にあるのかさっぱりわかりませんでした。

びらは手にしたものの、幾つか行われた郷土芸能について書かれた物はなかったので、今見ている演目名さえも覚える事ができませんでした。

おじゃましておいて、都合よく見物しようとは少々虫がいい物言いですが、せっかくの祭りなので勿体ない気がします。

常長パレードの武者行列や、特に郷土芸能披露は、見に来た甲斐があったと思いますし、中にはこの地でしか見られないものもあったはず。 パレードで町内を動いてゆくものもあれば、一ヵ所だけでの演技もあり、どういったものが行われて、何処で見て良いのかだけでも捉えて見物できればと思いました。

このブログでは、苦言不満は字にしないのが心情なのですが、この祭りはあまりにも伸びシロが大きいので、多少自分の心情を曲げてでもこうしたいと思い、今回好き勝手な事を書いてみました。




この日も祭りを見ながら沢山画像も撮ってきました。それは明日またゆっくり載せようと思います。



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